企業における不妊治療と仕事の両立支援について社労士が解説
はじめに
日本の合計特殊出生率は2024年に1.15に低下し、出生数は統計史上初めて70万人を下回ったと厚労省から公表されました。こうした中、現在、さまざまな企業で、社員が不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりに取り組む動きが広がっています。こうした取組は、離職の防止、社員の安心感やモチベーションの向上、新たな人材をひきつけることなどにつながり、企業にとっても大きなメリットがあります。企業が社員の事情に応じて不妊治療と仕事の両立をサポートする姿勢を示すことは、働く本人にとっても、一層仕事への意欲が増すなどの大きな影響を与えると考えられます。
今回は不妊治療における労務対応の実務対応について解説します!
不妊治療の現状と企業における対応とは
2022年に日本では77,206人が生殖補助医療により誕生しており、これは全出生児(770,759人)の10.0%に当たり、全出生児に占める生殖補助医療による出生児の割合は約10.0人に1人の割合になり、年々その割合は高まっています。
また、日本では、不妊を心配したことがある夫婦は39.2%で、これは夫婦全体の2.6組に1組の割合になります。また、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受け
ている)夫婦は22.7%で、これは夫婦全体の4.4組に1組の割合になり、その割合は高まっています。
一方で、約6割の企業で、不妊治療を行っている社員の把握ができておらず、約7割の企業で不妊治療を行っている社員が受けられる支援制度等を実施していません。また、仕事と不妊治療の両立状況としても、不妊治療について、「仕事と両立している(していた)」とした者の割合は55.3%になっていますが、「仕事との両立ができなかった(できない)」とした者の割合は26.1%となっています。
仕事と不妊治療の両立の難しさ
仕事と不妊治療を両立できずに仕事を辞めたもしくは不妊治療をやめた、または雇用形態を変えた理由は、「待ち時間など通院にかかる時間が読めない、医師から告げられた通院日に外せない仕事が入る」など、仕事の日程調整が難しいため「精神面で負担が大きいため」「体調、体力面で負担が大きいため」が多くなっています。
また、不妊治療の職場への共有状況についても、不妊治療をしている(または予定している)者のうち、職場で「一切伝えていない(または伝えない予定)」とした者が最も多く、47.1%と約半数を占めています。「職場ではオープンにしている(またはオープンにする予定)」としなかった者が、職場でオープンにしていない理由は、「伝えなくても支障がないから」が最も多いものの、「周囲に気遣いをしてほしくないから」「不妊治療がうまくいかなかったときに職場に居づらいから」などとする者が多く、職場で不妊治療していることを受け入れる風土が十分に醸成されていないことがうかがわれます。
仕事と不妊治療を両立するために必要な制度とは
不妊治療をしている(または予定している)者の中で、利用した(または利用しようとしている)制度は、「年次有給休暇」が最も多く、次いで「短時間勤務、テレワークなど柔軟な勤務を可能とする制度(勤務時間、 勤務場所)」「通院・休息時間を認める制度」となっています。 不妊治療をしている(または予定している)者が会社や組織等に希望することは、「不妊治療に利用可能な休暇制度」や「有給休暇など現状ある制度を取りやすい環境作り」「通院・休息時間を認める制度」が多く挙げられていますが、その他、「有給休暇を時間単位で取得できる制度」や「上司・同僚の理解を深めるための研修」等も一定程度ニーズがみられます。

不妊治療と仕事の両立支援導入ステップ
企業が、社員の不妊治療と仕事との両立支援の取組を行うには、以下のステップが必要と考えられます。
ステップ1 取組方針の明確化、取組体制の整備
不妊治療と仕事との両立に関し企業として推進する方針を企業トップが示し、講じている休暇 制度・両立支援制度とともに社内に周知します。企業トップが方針を明確に示すことにより、不妊治療を受ける社員は制度を利用しやすくなるとともに、本人の上司や同僚等の理解やサポートが得やすくなり、不妊治療を含めた全ての社員が働きやすい風土づくりが可能になると考えられます。取組体制の整備については、まずは取組を主導する部門や担当者等を決定します。取組体制は、企業の実態に応じて異なりますが、経営者が主導したり、人事部門又は総務部門 が主導したり、プロジェクトチームを編成して主導したりする場合などがあります。
ステップ2 社員の不妊治療と仕事との両立に関する実態把握
実態把握は、社員の不妊治療と仕事との両立支援の取組を進める上での出発点となります。不妊治療についての社員の理解度やニーズ等の現状を把握するには、チェックリストやアンケートを活用したり、社員からヒアリングを行ったり、労働組合等が社員の要望を取りまとめたりする場合には、そうした組織と意見交換を行うなどの方法があります。並行して、メディアの報道等で国の施策や他社の取組、対応について情報収集しておくことも必要と考えられます。
ステップ3 制度設計・取組の決定
ステップ2の実態把握を踏まえて、各企業の実態に応じた取組を検討し、制度設計を行います。不妊治療と仕事との両立に特化した制度だけではなく、社員のニーズに応じて柔軟に働ける制度を用意する方法もあります。また、通常の働き方の見直しを行うことから始めることも重要です。なお、労働基準法上、就業規則の作成について、必ず記載しなければいけない事項が定められており、制度の内容によっては、就業規則の整備が必要な場合があります。
ステップ4 運用
不妊治療を受けるために制度を利用する場合、社員本人からの申出が基本です。本人からの申出が円滑に行われるよう、不妊治療のための休暇制度・両立支援制度についての情報等を企業内の役員、管理職も含め全社員に周知することが必要です。
また、制度の周知と併せて、制度の利用がしやすく、不妊治療に対し理解のある職場風づくりのためや、不妊や不妊治療を理由としたハラスメントが生じることのないよう意識啓発を行うことも極めて重要です。
ステップ5 取組実績の確認、見直し
制度や取組の実施後は、毎月、半年、1年等、一定の期間が経過した後に、取組実績を確認し、評価や見直しを行うといったプロセスが必要です。

実務において求められる対応とは
不妊や不妊治療に関することは、単なる風邪等とは異なり、個人のプライバシーにかかわる非常にセンシティブなことであるため、実際に直属の上司にさえ相談がためらわれるとして、人事労務にダイレクトに相談がくるというケースも耳にします。距離が近いからこそ相談しにくい・・というような性質もあるように見えます。
立派な制度が整備されても実際に制度を利用することで、周囲に不妊治療をしていることがばれてしまうため制度は利用しない・・・ということも予想されます。
例えば、休職や休暇制度を「ファミリーサポート」休職等と不妊治療に限らない包括的な事象を含むような制度・呼称として不妊治療の事由を明確に伝えなくて済むような工夫をしている企業等も多いようです。
ただ職場でオープンにしていない理由の2番目の理由で「周囲に気遣いをして欲しくないから」というものも1位の「不妊治療をしていることを知られたくないから」にも迫るほどの回答数があったことにも注目です。
不妊治療を伝えることで「配慮されることが逆にためらわれる」という意図もあるのだと考えます。ある程度まとまった休職や休暇制度があること自体も不妊治療との両立支援策の一つとしてあったほうが良いのは当然ですが、一方で「いかに休暇等を取得することなく普通に働くことができて、治療していることを周囲に遠慮しなくて済むか」という点が長期にわたる可能性のある不妊治療との両立の上では重要なように考えます。
そのため現実的には、フレックスタイムのコアタイムなしといった制度はその両立の根幹を支える部分で効果的なのではないかと考えています。もっと踏み込めば、コアタイムなしであっても深夜時間帯は勤務は基本認めていないとする企業は多いですが、これは労働安全衛生法上の深夜業の健康診断義務の発生や深夜割増賃金の発生、そもそもの深夜労働自体が体に良いものではないといった理由から当然なことではありますが、一方で育児・介護中の従業員等が昼間中抜けしてできなかった業務の穴埋めを深夜にしたい・・・といったニーズは一定程度労務現場では耳にすることがあります。こうした深夜帯も従業員同意や法律上の義務履行を当然の前提として、かつ、過重労働にならない範囲で一定程度認めるといった踏み込んだ制度設計もありえるのではないかと考えます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。せっかく整備した制度も利用されなければ意味がありません。「周囲とそう変わらず、普通に働ける」という環境作りが、人手不足の時代において不妊治療に限らず育児・介護、闘病等多様なバックグラウンドを持つ従業員の就労継続において効果があるのではないかと考えています。何よりこうした制度の運用は職場の理解が不可欠になります。企業の状況に応じてできる範囲で行っていただき、従業員の中長期的な活躍を支援いただければ幸いです。
【執筆者プロフィール】
![]() 寺島戦略社会保険労務士事務所 |
寺島有紀寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。一橋大学商学部卒業。 新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。 現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。 |

