労働基準関係法制見直しの方向性ついて社労士が解説
はじめに
労働基準法は、罰則付きの強行規定によって、労働条件の最低基準を設定する法律として、1947年に制定されたものです。制定当時より、社会や経済の構造が変化し、デジタル技術が急速に発展し、多様な働き方が求められる時代となった今、大幅な見直しが検討されております。厚生労働省が公表した労働基準関係法制研究会の報告書の中で示された、見直しの方向性について社会保険労務士が解説いたします!
労働基準関係の課題
労働基準法は、「労働者」に共通に適用される最低労働基準を一律に制定する形を基本として制定され、その後の社会や経済の構造変化に応じた見直しが進められてきました。しかし、社会経済の構造変化は加速度的に増しており、度重なる見直しの結果内容が複雑化してしまっている現状です。そのため、「すべての働く人が、心身の健康を維持しながら幸せに働き続けることのできる社会」を目指しつつ、「様々な働き方に対応した制度の整備」を両立した、シンプルかつ実効性のある形に見直すことを目的として検討がなされています。また、「働き方改革関連法」の施行から5年が経過し、その効果を図りつつ働き方改革をさらに推し進めていくためにも、関連する労働基準関係法制の課題を検討する必要があると考えられています。
労働基準関係法制に共通する総論的課題
労働基準法で保護される「労働者」とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所・・に私用される者で賃金を支払われる者」と定義されており、場所的単位としての「事業」ないしは「事業所」を単位として適用されています。しかし、会社が労働法上の責任や社会保障負担を免れる目的で、実態としては労働者と同じような働き方をしている者と、業務委託契約といった、雇用契約とは異なる名称の契約を締結する、いわゆる「偽装請負」が発生していることが問題視されてきました。また、テレワークの普及により場所にとらわれない働き方も広がっており、労働組合のない事業場での過半数代表者と会社とのコミュニケーションとあわせて、これらの課題に対し、実態や国際的な動向の把握と、学術的な検討がなされる予定です。
具体的な制度改定の方向性
上記のように、時代にあわせた見直しがなされていく予定ですが、その中でも令和7年1月に厚生労働省から公表された「労働基準関係法制研究会」の報告書において、いくつか具体的な制度改定の方向性が述べられています。
1.時間外・休日労働の実態についての情報開示
2019年の働き方改革関連法施行により、時間外休日労働時間の上限規制が導入され、適用を猶予されていた業種についても段階的に適用が開始されています。これにより、全体としての時間外・休日労働が緩やかに減少していますが、なお一層労働時間短縮を促進するために、早期に対応可能な取り組みとして、労働時間の情報開示があげられています。労働者・求職者が就職・転職にあたって、各企業の労働時間の長さや休暇の取りやすさといった情報を取りやすくすることによって、深刻化する人手不足の中、企業間の競争を生じさせ、労働条件を改善させる目的です。現行制度では、女性の職業生活における活躍の推進に関する法律や、次世代育成支援対策推進法に基づく認定制度等の、企業による自主的な情報開示の仕組みが設けられていますが、自主的な情報開示の拡充や、義務的な情報開示について検討されています。
2.フレックスタイム制におけるコアデイの導入
2020年からの数年にわたるコロナ禍で、日本でもテレワーク勤務がひろがりました。テレワーク勤務、在宅勤務の場合は、勤務中に労働時間と家事育児といった中抜けが細切れに発生する可能性があり、労働時間管理が難しいといった問題が生じます。こうしたテレワークでの柔軟な働き方に対応した労働時間制度として、フレックスタイム制を活用することが考えられます。フレックスタイム制とは、一定の期間について、あらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業・終業の時刻、労働時間を自ら決めることができる制度です。しかし、現行ではフレックスタイム制を部分的に適用することができず、テレワーク日と通常勤務日が混在するような場合には活用しづらい状況です。そのため、テレワーク日に限らず、特定の日については、労働者が自ら始業・終業時刻を選択するのではなく、あらかじめ就業規則等で定められた時刻通りに出退勤させるコアデイを導入することで、部分的にフレックスタイム制を活用できる制度について検討されています。
3.法定労働時間週44時間の特例措置の廃止
通常、1週間の法定労働時間は40時間ですが、常時使用する労働者(パートアルバイト含む)が10名未満の事業場であって、商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業といった一部の業種に関しては、特例措置対象事業場として法定労働時間が44時間となっています。しかし、現状この要件に該当する事業場のうち87.2%がこの特例措置を使わず、通常の40時間としている現状を鑑み、この特例措置の撤廃が検討されています。
4.管理監督者への健康・福祉確保措置の導入
労働者は原則労働基準法による実労働時間の規制をうけますが、時代の変化の中で、労働時間を実際の労働時間で計算せず、事前に設定されたみなし時間で算出する裁量労働制や、労働時間だけでなく休日や深夜割増し、休憩などの規制も受けない高度プロフェッショナル制度などの規定が設けられてきました。しかし、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度は、制度を導入することによって労働時間が長くなる可能性があり、働きすぎの防止の観点から、健康・福祉確保措置を定める必要があります。その一方、管理監督者等については、労働安全衛生法において労働時間の把握が義務化され、長時間労働者への医師による面接指導の対象とされてはいるものの、特別な健康・福祉確保措置は設けられていません。そのため、管理監督者に対しても健康・福祉確保措置を設ける方向で検討が進められています。
5.13日を超える連続勤務の禁止
現行制度では、労働者に対し毎週少なくとも1回の休日を付与することを原則としつつも、業務の繁閑に偏りがある業種・職種によっては、変形労働時間制が適用されている場合もあり、4週4休を認めております。また、36協定において休日労働の条項を設けることにより、割増賃金を支払えば、協定の範囲内で理論上は無制限に連続勤務させることが可能となっています。しかし、2週間以上にわたって休日のない連続勤務を行ったことが、労災保険における精神障害の認定基準の具体的出来事の一つとして示されていることもあり、「13日を超える連続勤務の禁止」を新たに規定することが検討されています。
6.法定休日の特定
法定休日は4週4休であるものの、週休2日制とする企業が増加し、この場合は1週に法定休日1日と所定休日1日が混在することになります。しかし、労働基準法において法定休日の特定について定められておらず、通達において「具体的に一定の日を休日と定める方法を規定するよう指導」する旨が示されているにとどまります。そのため、2日の休日のうちどちらが法定休日なのか不明確であり、就業規則等で法定休日を指定したとしても、法律上の争訟になった際に、司法の判断と異なってしまう可能性があることから、労働基準法において法定休日の特定を規定することが検討されています。その場合、罰則の適用や法定休日振替の手続き・振替期間および会社が法定休日を指定する際の手続きについても十分考慮したうえで規定される見込みです。
7.勤務間インターバル制度の導入促進
日々の勤務と勤務の間に一定の時間を空けることを義務とする勤務間インターバル制度ですが、現在は、労働時間等設定改善法において努力義務にとどまっており、2023年1月現在導入している企業は6.0%にとどまっています。諸外国の勤務間インターバル制度を参考に、様々な適用除外を設けたうえで、多くの企業が導入しやすい形で制度を開始し、段階的に実効性を高めていけるよう、普及促進の方向で検討がされています。
8.年次有給休暇取得時の賃金算定における通常賃金方式の原則化
年次有給休暇を取得した時の賃金の算定方法としては、現行以下の3つの方法が定められています。
①平均賃金
②所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
③健康保険の標準報酬月額の30分の1に相当する額※労使協定を締結した場合に限る
一般的に月給制の労働者に対しては②の算定方法によって、年次有給休暇を取得しても月給が減算されないことが多いが、日給制時給制の場合に①や③の算定方法が取られると、計算式上賃金が大きく減額される可能性があります。そのため、原則として②の所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金とすることが検討されています。
9.年次有給休暇の時季指定義務の取り扱いの改善
年次有給休暇が10日以上付与される労働者(管理監督者を含む)に対し、付与した日から1年以内に5日について会社が取得時期を指定して与える必要がありますが、1年間の付与期間の途中に育児休業から復職した労働者や退職する労働者に対しても、一律に適用されています。しかし、残りの労働日が著しく少なくなっている労働者に対してまで、他の労働者と同じ日数の時季指定義務を課すことは労使双方にとって不合理が制約になる場合があることから、取り扱いの改善が検討されています。
10.副業・兼業時の割増賃金支払いにおける労働時間通算ルールの撤廃
政府として、副業・兼業を促進する方向が示される中、長時間労働防止の観点から、労働時間を通算して割増賃金を支払うことが通達で示されています。このため、厚生労働省のガイドラインに基づき、労働契約の締結の先後の順に所定労働時間を通算し、次に所定外労働の発生順に所定外労働時間を通算することによって割増賃金を計算するか、あらかじめ設定した労働時間の範囲内で労働させる管理モデルを利用するかのいずれかが必要となっています。しかし、副業・兼業は会社の命令ではなく労働者の選択により行われるものであることからすると、会社にとっては割増賃金の支払いや、労働時間管理の煩雑化が課題となり、雇用型の副業・兼業を会社が許可しない事例や、労働者が企業に申告せずに副業・兼業を行うことが見受けられます。こうした現状を踏まえ、労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しない方向で制度改正が検討されています。
終わりに
今後、労働政策審議会での議論を通じて、厚生労働省において改正法案がとりまとめられる見込みです。その場合、2026年1月から通常国会で審議され、2027年4月以降の施行となることが予想されます。施行まではまだ時間がありますが、大きな改正となることが見込まれますので、引き続き今後の動向についても注目が必要でしょう。
【執筆者プロフィール】
![]() 寺島戦略社会保険労務士事務所 |
寺島有紀寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。一橋大学商学部卒業。 新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。 現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。 |

